ぼやき

これ自分しか経験していないと思う#2

numa

「えへへ、もうけたわい」そう言うと老爺はおばあさんを連れて市役所へ出生届を出しに行きました。

大学生最後の夏休み、僕は一人でレンタカーを転がしながら四国を回っていた。高知に辿り着いたところで高知駅近くの東横インにチェックインし、移動は早々に切り上げて高知市街地の見物に出かけた。

こうやって自由に移動距離や行動を決められるから一人旅はたまらない。

 

高知名物の「ひろめ市場」に近づくと大口の換気ダクトから藁焼きとタバコの排煙が混じった匂いが漂ってきて、僕は気付けばひと柵のカツオとレモンサワーを両手に持っていた。

 

テーブルは公設市場によくあるスタイルで、フードコートのように各自が好きな店で買った商品を共有のテーブルで食べるスタイルだ。フードコートと少し違うのは席が長椅子、長机で一卓あたり7、8人が腰掛けられるようになっていることくらい。使い込まれた木製の長椅子は座ると少し軋むが、それもまた風情があって旅情をかき立てる。

大抵のテーブルはファミリーや大学生グループで埋まっていたので、僕は独り身の寄り合いっぽい席を探した。僕はこの手の嗅覚が異様に鋭く、道中の食堂ではだいたいこのスタイルで一期一会の会食を楽しんできた。

 

今回も例に漏れず、多国籍なバックパッカーと思しき集団が談笑している席を見つけたので

「ここいいですか?」

と目ざとく女性の隣の席を確保した。

 

彼らはやはりバックパッカーの寄り合いで、高知市内のユースホステルで相部屋だったので一緒に飲みにきたらしい。男性はイギリス人、韓国人、日本人。女性は二人で両方とも日本人だったと思う。10分も飲んでいるとすっかり意気投合して

「この市場の飯を全部食ってやろう!」

と大いに盛り上がった。ウニ、昆布締め、湯引き、実業家と言っていた韓国人の男が太っ腹でなんでも買ってくれた。舌鼓をぽんぽこさせながら引き続き談笑しているとまたもや韓国人が立ち上がり、

「飯は揃ったからあとは酒だな!全部買ってこようぜ!」

と言い出した。

僕はカタストロフの足音が聞こえるのをショットで吹き飛ばして彼についていった。

 

 

ここから先は伝聞になるのだが、どうやらこのあと僕は韓国人と肩を組みながら両手に4合瓶を抱えて戻り、それらを片っ端から飲み始めたらしい。何本かの瓶が空いたところで僕は

「ワイフを抱かねば!」

と叫んでひろめ市場を飛び出していったのだという。律儀に5000円置いていったのがちょうどよかったらしい。僕にはワイフもいなければ童貞だった。

 

 

翌朝10時過ぎ、清掃のおばさんにノックで叩き起こされた。頭が痛いとか気持ちが悪いとかではなく世界が僕を中心に回っていた。ここがワールドエンドダンスホールか。そうかそうかと納得しかけたが、選択肢は延泊か飲酒運転の2択だったのでなんとかフロントまで這っていき、デスクにしがみついて延泊を頼んだ。

こんな時誰かと旅行していれば代わりに運転を頼めるのに。これだから一人旅は一人旅はたまったものではない。

 

もう一度千鳥足で部屋に戻るとベッドに倒れ込む猶予すらなくトイレで吐いた。それはもう吐きに吐いた。

今なら「一発芸:ポンプ人間」が行けると本気で思った。完全に想定外の出費になった延泊代だが、高知駅前アーケードでポンプ人間の大道芸をすれば回収できるのではないか。

なぜなら僕は以前高知駅前アーケードを歩いていたらシンガーソングライターを騙る流しに

「俺のオリジナルソング集だ。買ってくれよ」

と『天体観測』や『TSUNAMI』など15曲を勝手にカバーしたカラオケCDを3500円で押し売りされかけたことがあるからだ。あれが許されるならポンプゲロで5万ぐらい回収してもバチは当たらないだろう。

 

部屋でスマホを開いてぐったりしていると昨晩一緒に飲んだ人たちから励ましと体調を心配するメッセージが届いていた。

それらになんとか生きていますと返す。即レスでそのうち一件から返信がきた。

 

「ところで昨日ご購入いただいた商材ですが、引き渡しは何日がご都合よろしいですか?」

 

は?酔って衝動買いすることは少なくない。それでもいいところが使い所のない化粧品だったのに、今回は情報商材に手を出していたらしい。

めちゃくちゃスケールの低いエリア88みたいなことになっている。クレジット全部弾薬に突っ込めるエリア88の方がまだ救いがあるかもしれない。

僕はまだルノワールで起業を夢見るフリーターをマルチに引きずり込むほど凋落していない。

 

 

助けてくれ。

 

 

あれから6年が経つ。振り込んでしまった商材代59800円は諦めたがまだ情報商材の勧誘が来るんだ。あいつ絶対僕のメアドを商材屋コミュニティーに売りやがった。絶対に許さない。

 

僕は

 

情報商材を

 

絶対に許さない

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